取手「旧渡辺甚吉邸」奇跡の住宅と呼ばれた素敵な近代建築をレポート

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今日は茨城県取手市に移築された旧渡辺甚吉邸を訪れてきましたので、その模様をレポートしたいと思います。

尚、今回は2024年2月に予定されている甚吉邸の一般公開に先立って、前田建設工業さまのご厚意で特別に見学させていただきました。

【自己紹介】
・建築好きのやま菜と申します。
・今までに約5000件の建築を巡った建築トリッパー
・今日も素敵な建築を求めて東奔西走

【この記事で分かること】
・旧渡辺甚吉邸を実際に訪れたレポートを写真と文字で解説
・旧渡辺甚吉邸の基本情報やアクセス方法、訪れる際のポイント
・旧渡辺甚吉邸の建築的な見どころや注目ポイント

旧渡辺甚吉邸は2023年には国登録有形文化財にも指定され、まもなく第4回の一般公開もはじまります。
第4回の一般公開のチケットは満席となっていますが、一般公開は来年度も継続されるようですので、是非HPなどをチェックしてくださいね!
>前田建設工業「旧渡辺甚吉邸移築プロジェクト」公式HP:https://maeda-arch-design.jp/jinkichihouse/

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1.白金台から取手市に移築された「奇跡の住宅」を訪問

今日訪れた旧渡辺甚吉邸(以後甚吉邸)は、元々は岐阜出身の実業家であった渡辺甚吉氏の私邸として1934年に東京白金台に建てられた邸宅です。
その後甚吉邸は、太平洋戦争直後には連合国最高司令官総司令(GHQ)による接収を受けたり、戦後はスリランカの駐日大使の公邸や結婚式場として長きに渡り使用されてきました。

2016年には取り壊しの話が持ち上がりましたが、有識者らからの要望と前田建設工業をはじめとする企業の協力の元、今回訪れた茨城県の取手市に移築されました。

移築先である前田建設工業のICI総合センターがあるのは、秋葉原からつくばエクスプレス、関東鉄道常総線と乗り継いで約1時間。関東鉄道常総線の寺原駅を降りてすぐの場所です。
ICI総合センターの敷地内を程なく進むと、今回の目的地である甚吉邸が見えてきます。

外観はイギリスのチューダー様式を採用し、ハーフティンバーと呼ばれる柱・梁型を露出させ、その間を漆喰壁などで埋めたデザインが特徴の建物です。
施主である渡辺甚吉氏は甚吉邸建設の数年前に、地元岐阜でエンド建築工務所を営んでいた遠藤健三氏と共に1年ほど欧米を周遊していますが、そこで出会ったのが中世イギリスのチューダー朝時代をルーツにしたチューダー様式でした。

甚吉邸の建設に際しては、実施設計を遠藤健三氏が、遠藤氏の出身である早稲田大学の先輩であり、独立前に務めていたあめりか屋の技師長であった山本拙郎氏が全体設計を、早稲田大学の教授であり考現学の第一人者としても知られる今和次郎氏が細部装飾のデザインを手掛け、後に「奇跡の住宅」と呼ばれる邸宅が完成しました。

中に入る前に、ぐるりと外観を紹介します。
正面はハーフティンバーの外観デザインが特徴的でしたが、側面にまわると装飾的な要素の少ない簡素なデザインとなっています。
甚吉邸の詳細な構造については今回の移築の際にその詳細が判明したそうですが、ハーフティンバーの木材は実は装飾としての付け柱で、建物の構造は在来の軸組工法でつくられていたそうです。

この在来の軸組工法によって、内外ともにチューダー様式を基調にたデザインと様々な様式や装飾とが混在する甚吉邸独自のデザインが実現しています。
こちらは正面右手の外観ですが、こうしてみると最初の印象からガラリと変わって、シンプルなモダニズム建築に見えてくるのが面白いです。

建物の裏手には、元々は和館が接続されていました。
現在は裏口を移設して塞ぎつつ、少し離れた南東側にW-ANNEXという異業種交流やイベントにも使える建物が建設されています。

W-ANNEXについては最後に紹介したいと思いますので、まずは建物の内部から紹介していきます。

2.早速内部を見学!工夫溢れる室内空間を堪能

玄関を入ってまず目に入るのが、玄関ホールに設けられた大きな吹抜けです。

玄関自体は決して広いわけではないのですが、タイル張りの玄関から内部に足を踏み入れると、濃い木の架構と共に白く伸びやかな吹抜け空間が広がります。

甚吉邸では、この吹抜けと階段を中心に、1階では居間や食堂、応接室などが、2階には大小様々な諸室が配置されています。ホールを中心に廊下を最小限に抑えた計画は、とても合理的です。

ホールでは垂直方向に伸びる吹抜けだけでなく、小さく開けられた開口部や細かく設けられた段差で空間の仕切りと広がりを演出しているのが面白いです。

開口を設けることで空間の広がりがより感じられるつくりに注目です

甚吉邸のホールでは大小様々な開口がポイントポイントに設けられていますが、開口部を設けることで実際の広さ以上の抜け感が生まれています。

ハーフティンバーの柱梁により空間が切り取られています

こうした開口の効果は壁に設けられた開口部だけでなく、白い壁と対比するような濃い色の木材により際立ってみえます。
そうした視点で見ると、甚吉邸では様々なフレーム(枠)をつくることで、フレームの先にある住宅内外の風景を演出すると同時に、幾重にも重さねられたフレームの組み合わせによって空間に奥行きが生み出されていることに気づきます。

こうしたフレームの技法は、建築以外の分野でも例えば映画監督の小津安二郎が「フレーム内フレーム」という言葉で用いたことでも知られます。1934年に建てられた洋館建築の中でこのような技法が既に実践されていたのには驚きました。
空間をフレームで切り取るという手法は決して珍しいものではないですが、甚吉邸ではこのフレームの技法がハーフティンバーを基調にしたデザインとの組み合わせによってより強調されているのが面白いですね。

もう一つの注目ポイントは、ホールを中心に住宅内の各所に設けられた小さな段差です。
私が見学した際に一番気になったのが、この小さな段差でした。

あえて段差を設けることで、空間と空間を緩やかに仕切りつつ奥行きが与えられています。
甚吉邸は住宅の規模や性格から使用人もおり、来客も多かったと思われますが、段差によってパブリックからプライベートの空間を緩やかに仕切りつつ、空間に奥行きを生み出しているのがとてもユニークです。

こちらの応接室でも、奥にある階段前のスペースに段差が設けられています。
この段差は、当時の住宅としてはやや高い天井高を持つ甚吉邸のフロア間の段差を和らげる役目を担っているのだと思いますが、空間の広がりにも大きく貢献しています。(むしろ天井高が高い甚吉邸だからこそ、こうした工夫ができたともいえます)

段差が生じる部分には手すりや支柱が不可欠ですが、手すりや支柱も「ここが腕の見せ所」と言わんばかりの見事な装飾で彩られていて、部屋の中のワンポイントとなっています。

ちなみに、この段差による奥性を現代建築で巧みに実践しているのが、建築家の槇文彦氏です。

表参道のスパイラル(設計:槇文彦/1985年竣工)

槇文彦氏の建築についてはこのブログでも何度か紹介していますが、代官山のヒルサイドテラス表参道のスパイラルなどではその手法が遺憾なく発揮されているので、こちらも機会があれば是非見てみてほしいです。

3.バラエティに富んだ見どころ満載の諸室を堪能

こちらは居間に隣接したサンルームです。

甚吉邸はホールを中心に各所室が配置され、雁行するような外周ラインとなっているので、各部屋には多くの開口部が設けられています。
特に居間に設けられたサンルームでは、優しい太陽光をたっぷりと浴びることができます。

各部屋の設えも大迫力で見どころが満載です。
中でも圧巻なのが白いレリーフ天井が特徴のこちらの食堂です。

室内に一歩足を踏み入れると、先ほどまでいたホールや居間とは全く異なる別世界が広がります。
天井のレリーフは彫りの深い石こうのレリーフがデザインされています。

ここまで彫りの深いレリーフの天井は中々お目にかかれないですが、このデザインも住宅の食堂という限られた広さのスペースだから成立するように感じます。
これがもし大空間だったら流石にうるさ過ぎますし圧迫感がありますが、むしろこの部屋の広さだからこそ、最大限にその効果を発揮しているように思います。

室内には今和次郎がデザインした食器やカトラリーが残されています。

今和次郎は実作があまり残されていないので、私も実物ははじめてみましたが、ここ甚吉邸では食堂に限らず家具や照明からカトリーに至るまで、今氏のデザインした様々な装飾品をみることができます。

また、椅子にはGHQの接収時のナンバーが残されていたりと、その足跡を垣間見ることができます。

部屋によって、様々な様式やデザインが使い分けられているのも、甚吉邸の注目ポイントです。
先程の食堂は木の温もりを感じる気品溢れる洋室でしたが、こちらの主寝室は雰囲気が一変してメルヘンチックなロココ調の内装となっています。

主張を抑えながらも、主寝室らしい優雅で落ち着いた印象を与えるデザインが素敵です。
甚吉邸では様々なデザインを引用しながらも抑えるところは抑える、抑揚の効いたデザインとなっているのが見事です。

泰山タイルが敷き詰められたバルコニーからは優しい自然光が降り注いでいます。
バルコニーといえば、開口部に設けられた建具の引手にも注目。
木製の引手が心地よく手にフィットし、握ったときの手触りに思わずハッとしてしまいました。

私は昔から「人間の体には縁も直線もないのに、どうして住宅の引戸の引手は、長方形や円などの幾何学ばかりなのか」と疑問に思っていました。
バルコニー窓の引手は特に人が手をかけて力を入れる部品ですが、甚吉邸ではこんな細かいところもこだわってデザインされているのだと感動しました。

こちらの和室は、簡素な要素で構成された日本らしい佇まいとなっています。

他の部屋が装飾溢れるデザインだからこそ、和室の日本的な簡素さがより際立っていてとても落ち着きます。
この和室があるからこそ、様々な部屋の違いをより引き立たせ、それぞれの部屋の特徴がより浮かび上がるように感じます。

このように甚吉邸では、扉を開けるごとに様々なスタイルの内装を楽しむとこができますが、小さな住宅の中に色々な空間が混在して一つ屋根の下にまとまっているのは、個人住宅ならではです。
扉を開ける度に違った世界を楽しめるとは、なんて楽しい住宅なのでしょう。

4.水周りから装飾まで見どころ満載の内装を堪能

甚吉邸では水回りも見どころが満載です。
玄関やバルコニー、トイレや浴室など水に関わる様々な部分には、それぞれこだわりのタイルがふんだんに使われたデザインとなっています。
タイルのこだわりが最もわかりやすく表れているのが、こちらのトイレです。

床と壁に泰山タイルあしらわれた水回りの部屋からは、木材や漆喰を基調とした他の部屋にはない独特の風合いを感じます。

装飾性に優れ、衛生面でも実用的な泰山タイルですが、壁と床の接地面やラジエーターを納めた出隅・入隅部には特製の二方役物・三方役物を使うなど、贅沢なこだわりを随所に見ることができます。

こちらの紙入れも特注。とっても贅沢なしつらえです。

こちらの浴室はまずその広さに驚きました。
特に、当時の日本の浴室は今の感覚からするとかなり省スペースのものが主流だったと思いますが、甚吉邸の浴槽はゆったり寛げそうな広々としたつくりがとても印象的でした。

使っているの風合いや色もトイレや浴室ごとに使い分けられているのも素敵です。
トイレも浴室も毎日の生活に欠かせないもの。住宅の中でも日陰に送られがちなトイレや浴槽の丁寧なデザインからは、設計者の緻密で暖かい生活者への目線が垣間見られます。

生活者への目線という意味でも欠かせないのが、様々な場所に散りばめられた暖房設備のラジエーターです。
各寝室や和室、ホールや廊下やトイレなどに散りばめられたラジエーターは、冬場でも快適に過ごせるとっておきのアイテム。

家のいたるところに設けられたラジエーターのグリルも、今和次郎氏が部屋ごとにデザインしたものです。

甚吉邸内には、他にも今和次郎氏のデザインした装飾やアイテムが様々に散りばめられているので、訪れた際は細部も見逃せません。
照明などの大きなものからスイッチプレートやカトラリーなどの細部に至るまで、今和次郎氏のデザインをここまで間近で堪能できるのは、今やこの甚吉邸くらいではないでしょうか。

ちなみにスイッチプレートは1口から4口までの4つのタイプが点在していますが、このうち4口のプレートがせっちされているのは一箇所だけとのこと。
訪れた際には、是非この4口のプレートを探してみてくださいね。

甚吉邸を見学して感じる大きな特徴に、陰影の美しさが挙げられます。
間接照明や光の取り入れ方は、甚吉邸の大きな見どころのひとつ。
彫りの深いレリーフや精巧に彫られた装飾、間接照明のつくりだす影など、甚吉邸には様々な「陰り」が溢れています。

作家の谷崎潤一郎(ちなみに谷崎は今和次郎の2つ年上で、同時代を生ききた人物です)は、1933年に発刊された「陰翳礼讃」の中で、近代化する住宅で失われつつある「陰り」について嘆きつつも鋭く語っています。
この「陰翳礼讃」の中で谷崎は、西洋の人々は陰をなくして煌々と光る明るい世界を所望するのに対して、我々の祖先は「陰の中」に美しさを見出していたと主張します。

かつての人々は陰りの中に想像力を膨らませ、陰りの中に豊かな世界を見出していたという谷崎の嘆きに対して、甚吉邸は見事に応えているように思えます。

また、骨格は日本の伝統工法や技術を用いつつ、その骨格にイギリスのチューダー様式を引用し、双方の良さを引き出したデザインに昇華させていることには感動を覚えます。

深い彫りや装飾の向こうにみえる陰りからは、甚吉邸をつくり出した設計者や職人さんの思いと、ここで一時期を過ごした渡辺夫妻の生活が伝わってくるようで、みればみるほど想像力が掻き立てられます。

5.甚吉邸と対比するようにデザインされたW-ANNEXを見学

甚吉邸の建築を堪能した後は、邸宅の裏手に建てられたW-ANNEXを見学させていただきました。(W-ANNEX内部は、一般公開時は写真撮影はNGとのことですのでご注意ください)

W-ANNEXは、異業種交流やイベントに使える多目的なスペースのなっていて、甚吉邸のチューダー様式からヒントを得たネオ・ハーフティンバーと呼ばれる国産木材の架構が特徴の現代的な建物となっています。

前田建設工業と共にデザインを手掛けたツバメアーキテクツは、このブログでも下北沢のBONUS TRACKなど様々な作品を紹介したこともある注目の設計事務所。

歴史が積み重なった洋館 甚吉邸と対比するような、どこか日本らしさを感じさせる凛としたデザインがとても印象的でした。

スタイリッシュだけれど周囲の雑木林と調和するような建物は、様々な用途に使えるユニバーサルなデザインとなっています。
見学会やイベントの際にも使用されるとのことなので、訪れた際はこちらもじっくり堪能しましょう。

素敵な建築を心ゆくまで堪能して、この日の建築巡りも大満足のものとなりました。
甚吉邸は本当に見どころが満載で、今回紹介しきれなかった注目ポイントがまだまだたくさんあります。
建物の見学については、前田建設工業さんのホームページに案内がありますので、気になった方は是非チェックしてみてくださいね。

旧渡辺甚吉邸
設計:遠藤健三/エンド建築工務所設計部+山本拙郎(全体設計)+今和次郎(細部装飾設計)
所在地:茨城県取手市寺田5270 前田建設工業株式会社ICI総合センター内
アクセス:寺原駅より徒歩約2分
竣工:1934年(2022年移築)
備考:国登録有形文化財

W-ANNEX
設計:前田建設工業+ツバメアーキテクツ
ランドスケープデザイン:プレイスメディア
所在地:茨城県取手市寺田5270 前田建設工業株式会社ICI総合センター内
アクセス:寺原駅より徒歩約3分
竣工:2022年


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