千代田区

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中央合同庁舎第1号館本館

中央合同庁舎第1号館本館は、霞が関に建つ地上8階地下1階建ての建物で、霞が関で最初に建てられた合同庁舎です。点在していた各省を集約し、日本の戦後復興と成長の拠点として建てられた庁舎は、合理性と堅牢性が第一に考えられてE字型のシンプルなつくりとなっています。ここまでいくつかの庁舎建築を巡ってきましたが...
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天麩羅はちまき

天麩羅はちまきは、古本の街神保町に建つ老舗の天ぷら屋さんです。この天麩羅(てんぷら)はちまきは、神保町に残る数少ない昭和初期の建物のうちのひとつで、かの文豪江戸川乱歩も足繁く通ったことでも知られています。木造の建屋にスクラッチタイルの外装は、いかにも老舗といった雰囲気を醸し出していますが、ランチには...
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高畠家住宅

高畠家住宅は、御茶ノ水駅から程なく歩いたところに建つ実業家の邸宅です。関東大震災後に建てられた建物は日本瓦の屋根とシックな外装が特徴の和風建築となっていて、再開発で多くの邸宅が取り壊される中で残る数少ない戦前の建築でもあります。重厚な石垣の聳えるように建てられ、静かに佇む建築は、周辺の大規模でスタイ...
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財務省庁舎

財務省庁舎は、旧文部省庁舎から桜田通りを少し北上したところに建つ地上5階地下1階建ての財務省の庁舎です。財務省庁舎ができたのは日本が太平洋戦争に突入する年である1939年で、当時は竣工といっても一部は未完成の状態で使用されていました。その後GHQによる接収などを経て、外壁のタイルが貼られるなど現在の...
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共立講堂

共立講堂は、1938年に建てられた地上4階地下1階建ての講堂です。約2000席の座席を持つ講堂は当時の日本の最大級の規模で、構造設計は東京タワーの設計者としても知られる内藤多仲が行いました。1956年の火災で内部を全焼したことをきっかけに音響設備の更新や外壁の改修が行われ、現在でも現役で使い続けられ...
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旧千代田区立永田町小学校

旧千代田区立永田町小学校は、永田町駅前に建つ1937年に建てられた校舎建築です。装飾を廃したシンプルな校舎は、一見して見逃してしまいそうになりますが、戦前に建てられた現存する校舎として貴重な建物でもあります。合理的な近代校舎を目指してデザインされた校舎は、高低差の多い地形と現代的な建物が立ち並ぶ街並...
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東京ルーテルセンター教会

東京ルーテルセンター教会は、飯田橋駅から程なくあるいた富士見エリアに建つ地上4階地下1階建ての教会です。昭和初期の1937年に建てられた建物は、後に現在の日建設計となる長谷部竹腰建築事務所の創業者である長谷部鋭吉が手掛けています。端正なデザインの立方体のボリュームが組み合わさったデザインからはモダニ...
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山の上ホテル

御茶ノ水駅と神保町駅の中間地点に建つ山の上ホテルは、1937年に宣教師・実業家であり建築家でもあったウィリアム・メレル・ヴォーリズによってデザインされたホテルです。当時流行していたアール・デコ様式を見事に取り入れたホテルは、川端康成や三島由起夫、池波正太郎といった著名な文豪たちに愛されたことでも知ら...
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法曹会館

法曹会館は、法務省旧本館 赤れんが棟の隣に建ち、元々は司法界の交流場として建てられた建築です。法曹会館が建てられたのは昭和初期の1936年なので実に80年以上前の建物となります。省庁が建ち並ぶ霞が関エリアにおいて、住宅や教会のようなスケールと尖塔屋根やステンドグラスのデザインが印象的な建築となってい...
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国会議事堂

国会議事堂はその名の通り日本の国会が開催される議事堂で、現在の建物は1936年に建設されました。教科書やメディアで度々登場するお馴染みの建物ではありますが、建設に当たっては50年以上の歳月がかかりました。明治時代に海外の建築家を招聘、日本人建築家の留学からはじまり、建築界の重鎮等による論争、設計競技...
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旧文化学院

旧文化学院は、大正時代に西村伊作、与謝野晶子、与謝野鉄幹、石井柏亭らによって創設された学校で、設計も西村伊作が行いました。分厚いアーチのエントランスは芸術と学術の深淵を感じさせるように静かで、力強く、その深みに吸い込まれそうになりました。ヒューマンスケールに近い建物のスケール感も心地よく、当時として...
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鷹岡東京支店

神田須田町の建築目当てに散策していると、随分と年季の入った味わい深い鷹岡東京支店という建物があるのを発見。調べてみると鷹岡は明治時代に創業した老舗の服地問屋で、こちらの東京支店は1935年に建てられたものです。シンプルなデザインながら年季の入った1階の御影石と上階のスクラッチタイルがよくマッチしてい...
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駐日ローマ法王庁大使館

駐日ローマ法王庁大使館は、元々は味の素の社長であった鈴木忠治氏の邸宅として建てられた建物です。宮内省出身の建築家である木子幸三郎の晩年の作品としても貴重な建築なのですが、木子幸三郎もこの建築がまさかローマ法王庁大使館になるとは思ってもみなかったでしょう。写真からは少し見えずらいですが、煉瓦の貼り分け...
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