今回は東京都根岸にある子規庵を訪れてきましたので、その模様をレポートしたいと思います。
【自己紹介】
・建築好きのやま菜と申します。
・今日も素敵建築を求めて東奔西走
【この記事で分かること】
・子規庵を実際に訪れたレポートを写真と文字で解説
・子規庵の基本情報やアクセス方法、訪れる際のポイント
1.山手線駅近くに残された近代日本を代表する俳人・歌人正岡子規邸跡を訪問
今日は、東京都台東区の鶯谷駅北側エリアに建つ子規庵という記念館を訪れてきました。
今回訪れた子規庵は鶯谷駅をでてすぐの場所に建ち、かつて正岡子規が暮らし、その生涯を終えた邸宅があった場所に建ちます。

現在は多くのホテルが立ち並び、ちょっと怪しい雰囲気がある場所ですが、言問通りという大通りをはいると子規庵の建物が見えてきます。
ここに暮らした正岡子規は、江戸時代の末期に生まれ、明治時代に活躍した俳人、歌人です。
大通りから入った南側には1927年に建てられた土蔵がみえますが、ひとまずエントランスのある北側にまわり込みます。

当時正岡子規が暮らしていた建物は、元々は旧前田侯の下屋敷として建てられたものでした。明治中期の1894年に子規が移り住み、1902年に子規が病気で亡くなった後は母と妹の律が暮らし、子規亡き後も句会や歌会が行われていました。
その後1923年に起こった関東大震災によって一度建物は解体され、柱や梁、瓦などの旧材を使って1927年に一部を変えた形で再建されました。
その2代目子規庵も太平洋戦争の被害によって焼失しましたが、1950年に子規の弟子であった寒川鼠骨等の努力によって再建がされまたのが、現在の子規庵です。

こちらが子規庵のエントランスですが、この再建も70年以上前のことなので、かなりの歴史の積み重ねを感じる建物となっています。
エントランスのガラス戸は1927年に建てられた2代目の時に追加されたものを元にしています。

最初に見た建物南側に建つ土蔵は子規の没後に子規の遺品やその他の資料等を保管するために建てられたものです。
子規庵をはじめとした辺り一体の土地は1940年の戦火で多くが焼失してしまいましたが、この土蔵に子規の資料の多くが納められていたことにより、それらの品々は焼失を免れることとなります。

戸を開けて中に入ると、まずは玄関があり、その先が受付カウンターとなっています。
チケットを受け取って早速邸宅内を見学します。
館内は邸宅をできる限りそのままに記念館としていて、スペースは小さいですがその分展示が凝縮されています。

ここで正岡子規について少しおさらいをすると、子規は江戸時代の末期であった1867年に現在の愛媛県松山市に生まれました。
16歳の時に上京し、学問の世界に身を置き、東大予備門時代にはかの文豪夏目漱石などもいたといいます。
子規は26歳となった1993年に旧帝国大学の文科大学を退学しますが、その後間もない1894年から病気で亡くなる1902年までこの地で暮らしました。

再建された子規庵には、長く病を患っていた子規が日々創作に打ち込んでいた書斎をはじめ、句会や歌会によって多くの人々の交流の場となっていた邸宅の名残が随所にみられます。
2.残された建物を味わいつつ、子規の残した世界に触れる
駅からほど近い立地もあって、戦後は大きくその姿を変えたエリアにおいて、子規庵は当時と変わらない平屋の日本住宅となっています。

8畳と6畳の2つの部屋を中心としたシンプルな建物内では、子規の功績や子規庵の歴史、実際の作品などがパネルや映像資料を交えながら展示されています。

奥の書斎てまは、病と闘いつつ執筆や創作を続けた暮らしぶりが想像できます。
子規の左足は、病のために伸ばせなくなっていたそうですが、こちらの机は立膝をいれる部分が切り抜かれています。

子規が暮らしていた当時の写真では、濡縁や縁側にあるガラス戸はなく、1927年の再建時に生活上の利便性から追加されたものであることがわかります。
しかし、眼前に緑豊かな前提が広がる現在の子規庵は、都心の真ん中とは思えない平穏な装いで、子規もこの風景や空気を感じながら句を詠んだのかな、と想像が膨らみます。

室内には子規が、ここでつくった句や歌が展示されていましたが、短い言葉から限界まで凝縮され考え抜かれた日本語の深みがありありと伝わってきました。
他にもパネル展示「慶應三年異能ボーイズ」など面白い展示も注目ポイント。
子規の同級生は東大予備門時代に一緒だった夏目漱石をはじめ、様々な業界で名を残した人物が多くいます。
展示では、近代建築3巨匠のひとりフランク・ロイド・ライトの名や、日本の建築史の創始者ともいわれる伊東忠太の他、多くの人物の名があり面白かったです。
子規は句や歌だけでなく文章も多く残していますが、子規の食した献立を句や絵で記した仰臥漫録のメニューを、ボランティアスタッフが実際につくってみた記録の展示もユニークでした。

子規は食に対するこだわりも強かったそうですが、こちらは子規のある日の食事が模型になっています。
教科書に出てくる人物としてのイメージが強かった子規の存在が、こうした生活面に触れことでぐっと身近になります。

北側の元台所だったスペースは、展示室とミュージアムショップになっていて、日本新聞で働いていた子規についてや、当時の暮らしぶりなどの展示を堪能しました。

邸宅内を堪能した後は、前庭を見学します。 素朴だけれど豊かな自然が残された前庭と、子規庵の建物が調和する姿はとても印象的でした。

味わい深い建築と作品をたっぷりと堪能して、この日の建築巡りも大満足のものとなりました。
とても素敵なスポットでしたので、機会があれば皆さんもぜひ訪れてみて下さいね。
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子規庵
所在地:東京都台東区根岸2-5-11
アクセス:鶯谷駅より徒歩約5分
竣工:1950年(再建)
開庵時間:10:30~12:00、13:00~16:00
入館料:500円、中学生以下無料
公開日:水曜、土曜、日曜、祝日(変動することもあるので公式ホームページを要確認)
備考:東京都指定史跡
公式HP:https://shikian.or.jp/
ちなみに、子規庵の真向かいには1936年に建てられた台東区立書道博物館があります。

この建物を含む土地は中村不折の邸宅跡として東京都指定史跡にも指定されていて、館内には書道関連の貴重な資料が多く展示されています。
すぐ目の前にある建物ですので、子規庵を訪れた際は是非合わせてみてみることをオススメします。
台東区立書道博物館
所在地:東京都台東区根岸2-10-4
アクセス:鶯谷駅より徒歩約5分
竣工:1936年(本館)
備考:東京都指定史跡
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